バブルに影響されない経営哲学
クレディセゾンの元会長・社長の竹内敏雄氏が71歳という若さで逝去し、この春で丸9年が経つ。
竹内氏が率いたクレディセゾンはいわゆるバブル期、ただ一社バブル酒に酔わなかったノンバンクである。周知の通り、バブル期にノンバンクは銀行の別働隊の役割を果たした。結果、バブル崩壊で大方のノンバンクは、奈落の底に陥った。が竹内・クレディセゾンだけは禍とは無縁に、ただ一社崩壊後も史上最高益を更新し続けた。
稀有な事由の最大の要因は、竹内氏の経営哲学に求めることができる。生前、氏は「僕は新たなビジネスが目の前に舞い降りてくると、実験と学習で腰を入れるかどうかを決めるのですよ」と語った。言わんとしたことは・・・
メインバンクから融資付きで勧められた不動産担保融資を、一度だけ「実験」してみた。それも、焦げ付いても会社の屋台骨に影響はない、と判断した範囲内でのことだった。
「実際にやってみて分かったのは、担保不動産に絡む権利関係の複雑さと、それに絡む人間の海千山千ぶりでした。これは銀行でも手を焼く仕事だと痛感しました。辛うじて担保処理で実損だけは免れ、逃げ出しました」(故竹内氏)
そうした「実験」をやる一方で竹内氏は、社長室のスタッフにこう命じた。
「躓いた世界のノンバンクのその理由を、徹底的に調べてくれ」
実験から逃げ出すのと同じくらいの時期に、こんな報告がもたらされた。
「欧米の主要ノンバンクで躓いたところに共通しているのは、不動産担保融資が“あだ”になっているという点です」
以来、竹内氏は「自分の目の黒いうちは、不動産担保融資は一切認めない」と、頑なまでに言い続けた。事実、こんな逸話も残っている。
主要取引銀行の副頭取に、「何故ですか!?」と直談判されたことがある。竹内氏は、こう言い切ったという。
「誰がなんと言おうが、不動産担保融資はやりません。結果、同業他社の後塵を拝し責任を取らされても、少しの後悔もありません。失礼ながら銀行さんも実際は、何かがおかしいとお感じになりながらおやりになっていらっしゃるのではありませんでしょうか」
今でも思い出す。「カードローン(個人融資)は、3万円とか4万円の積み重ね。対して不動産担保の法人融資というのは、1件数百億円単位。でも自分流の経営姿勢を貫けた、正直冷や汗ものでしたがね」とニヤリ笑った竹内氏の顔を。